長期記憶(LTP: Long-Term-Potentialization)が形成される仕組みです。
私たちが「記憶」と呼んでいるものには種類があり「短期記憶」「長期記憶」といった時間軸ベースのものから「陳述的記憶」「非陳述的記憶」のように記憶内容のカテゴリー(内容)で分ける方法があり少々煩雑です。
短期 or長期の視点ではシナプスの物理的変化、陳述 or非陳述の視点では記憶を格納する部位の違いが特徴です。
記憶の仕組みを知ることは、ダンスや空手など新しい運動の習得だけでなく、会計やTOEICなど資格試験にも役立ちます。
記憶と種類
前述の通り、記憶には種類があります。各記憶の特徴を知ることで自分の強化したい対象が明確になります。
時間的な観点でみる記憶
現在の日本からすると実感が薄いですが、進化的な視点では生命維持に不可欠な情報を保持して不要な情報は忘却(消去)する脳の仕組みは生存に影響を与えます。
例えば、「自分の住む村の山に崖があり、誤って転落しそうになった」記憶は同じ場所で生活する以上は生存に必要な情報であり優先的にストックされるべき情報です。
そのような情報は明日や明後日で忘れてしまっては意味がないですから、長期的な記憶として保管されます。
一方で、昨日寝る前に置いた家の鍵の「場所」は明日になったら変わっているかもしれません。
そういった記憶については何か月も憶えている必要はありませんので、短期的な記憶として保持しておけば問題ありません。
また「近くの森で小鳥の声がした」というような相対価値の薄い情報は、脳のメモリを食いつぶす邪魔者としてそもそも意識されないか、消去されます。
このように記憶の種類は時間軸でみたときに、その保持期間によって大別されます。
作業記憶(working memory)
リアルタイムで得た情報から意思決定を行う場合、意思決定の対象(命題)と補足情報は一時的に脳に保管されます。これが作業記憶であり、数秒間保持されます。
例えば、パソコンで作業していたファイルを他の場所に移動させる場合に「移動元(保存場所)」と「移動先」を決める必要がありますが、これらの情報は超短期的に脳に維持されます。
短期記憶(short-term memory)
過去の出来事や、科学の専門用語などの概念記憶は短期的に保管されます。これが短期記憶であり、数秒間~数日前の記憶が該当します。
先の例でいえば、「昨日置いた、家の鍵の場所」の記憶が該当します。
長期記憶 (long-term memory)
ある記憶が長期増強(LTP)の過程を経ると忘却されにくい強固な記憶になります。情報読み出しの反復や練習により低次記憶が強化されると長期記憶になります。
「自分の家の位置」や、「家族の名前」など忘れてしまっては生活に不便ですから、「必要」な記憶として長期的に保存されます。
ライフハックや資格試験で良い成績を挙げるにはこの長期記憶が重要になります。ここでは、記憶の分類について概要がつかめれば大丈夫です。
詳しくは後述します。
あとひとつだけ、記憶の分類について続けます。
情報の特性でみる記憶
記憶は時間的な分類とは変わり、保管する情報の種類によって分類することがあります。
例えば、ピアノの演奏方法や英単語の暗記というように記憶には明らかに「色」があります。これは時間的尺度ではなく,情報の種類です。
この分類では情報の種類によって大きく「陳述的記憶」「非陳述的記憶」に分けられます。
陳述的記憶
陳述記憶は「事実」「概念」の記憶です。意識的に議論することや言明することができる記憶を指すため、「宣言的記憶」と呼ばれることがあります。
「事実」は出来事(エピソード)、「概念」は特定分野の専門用語が例として挙げられます。
「事実」「概念」ともに「側頭葉内側」「間脳」に保持されます。
非陳述的記憶
非陳述的記憶は「内在記憶」とも呼ばれるように無意識にはたらく記憶の総称です。
情報内容としては「技術」「習慣」「筋肉運動」「慣れ」など多岐にわたります。
情報の性質が広範であると同時に、記憶が保管される脳部位も広くなります。「線条体」「大脳新皮質」「偏桃体」「小脳」「反射経路」などが関与するとされています。
ここでは概要の把握を主眼とするため詳しくは書きません。
長期増強(LTP)と記憶の消去
記憶の種類を概要的に把握したところで、次に「長期記憶化」を見ていきましょう。
面白いことに「記憶」は抽象概念ではなく、神経細胞の物理変化です。
読書で学習しているときや運動トレーニングをしているとき、自分の脳内が物理的に変化していると考えるとワクワクしますね。
長期記憶が形成されるとき、私たちの脳内では何が起きているのでしょうか。
長期増強(long-term potentiation)
「長期増強」を説明する前に「長期記憶」とはそもそも何かについて考えてみましょう。
ある情報を検索したとき、その情報が脳内に保管されており復元できる状態を「思い出す」といいます。
昨日の晩御飯がカレーライスなのかハンバーグなのかを「思い出す」ことは簡単ですが、一年前の同じ日のメニューを覚えている人は少ないでしょう。
一方で自分の好きなアーティストの名前や、パートナーの好みはしばらく時間が経っても忘れないはずです。
この違いは、「神経細胞の構造の違い」です。
「思い出す」ことは神経細胞に電気が流れ、シナプス間で化学物質の送受信が行われることです。(ロマンチックの欠片もない話で恐縮です)
神経細胞には無数の「枝」があり送信用の枝を「軸索」、受信用の枝を「樹状突起」といいます。
ある神経細胞が情報を受け取る経路を考えてみると、別の神経細胞の軸索から電子信号が発生し化学物質を媒介に樹状突起で情報を受信します。
このとき流れ込んできたカルシウムイオンが神経細胞-細胞核の「CREB」(cAMP response element binding protein)と呼ばれる遺伝子を複写するタンパク質のスイッチを入れます。(厳密にはカルシウムイオンは「CREB」のスイッチを入れる別の仲介タンパク質を活性化します。)
これにより転写されたmRNAから「受信用のアンテナ」となるタンパク質が合成されます。このタンパク質は神経細胞-樹状突起の表面に「スパイン」と呼ばれる「イボ」のような受容体を形成します。
この「スパイン」は、神経細胞間の情報伝達を円滑にする仕組みと考えられています。
つまり長期記憶形成の過程で神経細胞の構造は変わり、より強固な結びつきに配線されます。
受信側の受容体が増える(あるいは強化される)ことによって、送信側の神経末端が新たに形成されます。これにより信号伝達の効率は飛躍的に高まり、ちょっとやそっとで忘れることのない「長期記憶」となります。
これらの構造変化が長期的に維持される状態を「長期増強」(LTP)といいます。
長期増強は反復、練習によって増強できます。反対に使われなくなった記憶は「消去」(長期増強の逆の動き)されます。
また、最近まで神経細胞は生後から減少する一方であると思われてきましたが、どうやら神経細胞は生体脳内でも新しく産生できる(ニューロン新生)ことがわかりました。
長くなるので詳しくは書きませんが、ニューロン新生と運動は大きく関係していることがわかっています。
コメント